思えば子供のころから昆虫が好きだった!
思えば子供の頃からアウトドアー派だった、というよりその頃はテレビはなくラジオだけの時代だったしアウトドアーなんて言葉もなかった、野外で遊ぶことしか楽しみがなかったのだ。 今、私は週末にカメラと三脚を持ち昆虫と戯れている、子供の頃は昆虫採集ネットか釣り竿をもちアウトドアーしていた、今の鶴見緑地のあたりで遊び呆けていたのだ。 勉強のことなど眼中になく次から次へと遊び事を見つけては友達と歩き回っていた。 今、それから何十年と過ぎてまた自分が子供のころと同じような遊びをしていることに幸せな感覚を覚えている、別に子供のころに戻りたいと思って始めたわけではなく、ただ昆虫を見ていると素晴らしい感動を覚えるので最近特に激しく夢中になり始めたのだ。 少年時代はバッタ、蝶、甲虫、トンボ、すべての虫たちを採りまくった、大汗をかき、足元はドロドロになり、虫の毒などにやられていつもどこかをぼそぼそと掻いていた。 そして捕った虫などはキュウリかスイカなどを与えてしばらく家で飼うのだがすぐに死なせてしまった、今思えばかわいそうなことをしたと思うのだけど、子供の時はそんなこと考えもしなかったし、次に日にはまた同じ虫を獲りに行っていた。 虫たちにはちょっとここで書けないほどの残酷なことをして遊んだりもしたしそれが楽しみでもあった。 変われば変わるものですね、今は歩くときでも蟻一匹でも傷つけないように歩いているのに。 あの頃はいくら遊んでも遊び足りなくて次の日にその続きをやるのだがそれでもまだ時間が足りなかった、あれって一体何だったんだろう? 次から次に見る新発見に驚きがあるのでそれを求めてまた動き回っていたのかな? よくわからない、でもそうだとしたらいろんな説明がつく、探究心の芽生えだったのかもしれない、周りの誰にも教えてもらっていないのに自分で凄い発見をしていたのだ、それが自分にはとてもうれしくて大事なことなのでそれを周りの皆に教えたくて大興奮状態にあったのかもしれない。 珍しい昆虫を捕まえたら必ず家に持って帰っていたし、次の日には友達を連れてそのあたりでもう一度同じのはいないかとうろうろしていた、大概はそこにはもう二度と出ないのだけど。 またいろんな動物にも出会った。 タヌキ、蛇、フクロウ(フクロウの仲間で何かはわからない)、イタチ、カメ、そしてナマズ、このナマズが極め付けだ! 休耕田のようで湿地みたいになっている所があった、よく見ると何かが動いていてその泥面が盛り上がるのだ! どうする? 行くか? 友達とここに入ったらちょっとヤバいのが分かっていたのでお互いどうしようか迷っていた、何か、何が居るのかを確認したい一心でこの泥の中に入ろうというわけである。 一大決心だ、その後家に帰るとどやされることは分かっていた、でもそれよりもそいつをどんな奴なのかを知る方が大事だったのだ。 入った! 想像以上に歩くことが大変だったし思うように近寄れない、そして足がどんどん沈んでいくのだ、もうパンツまで泥が入ってしまった, あ~ぁ、これはやばいぞ、どうしよう、多分友達も同じことを考えていただろう、 やはり子供だ、窮地に立つと親の顔が浮かんでくる、”どうする!” もう、これ以上行かれへんな、どこまで沈むかわからへんしもうやめよか?” 友達も迷わず同意で逆戻り、結果はくたびれ儲けの成果なし、あとは家に帰って怒られるだけ。
こんなことがしょっちゅう起こっていた。 今思えばあんないろんな事をして遊んではいたがその奥には自立心が芽生えていたようだ、探究心が出てきてどうしようもなく突きとめてみたいという気持ちが芽生えていたように思う。
あんな遊び今の都会の子供たちには出来ないのだからかわいそうに思う、ゲームや室内で遊ぶことや塾通いばかりなんだから、、、アウトドアーで遊ぶこと、少年時代にはいいことだしある意味大事なことのようにも思うのだけど、、、
年をとってから同じ”とる”行為をしている、少年時代は採るや獲るだった、今は撮るだ、撮影を通していろんな昆虫たちの生き生きした姿や表情、そして弱肉強食の凄まじい場面やユーモラスな画面などを通していろんな感動を得たいと思っている。
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